淡彩日記

【読める法話1】お寺はこころを観察する道場 Part3

2019年04月03日 / 読める法話

「道場」と言うと何を思い浮かべますか? 剣道、
柔道、茶道、華道などでしょうか。実は、お寺も
「道場」ですが、残念ながら、道場として使う
ことを忘れられがちです。
お寺は、本当は「自分を観察する道場」です。
しごと、くらし、じぶんは三位一体。
お寺をじぶんの道場としてしっかり使って、
じぶんを見つめ、じぶんを本物だと信じる
練習をして欲しいのです。

そもそも、なぜ私たちは本物を求めるので
しょうか?
それは、安心できないからです。
私たちの心のモヤモヤ、つらさは、どこから
生まれるのでしょう?
それは、「自分のことが、分からないからだ」と
仏さまはおっしゃっています。

さとりをひらくって、「自分の心を如実に知ること」
なんです。
これは、大日経というお経に書いてあります。

「如実に」って何かというと、きれいごとだけではない、
プラスもマイナスも、ポジティブもネガティブも
陰も陽も成長も衰退もどちらも含んだ、本音の自分の
心の声のことです。

自分の本音が、聞こえなくなっているのが
「迷い」なんだというのです。

自分の心の本音をよく聞いて、本心をよく見て、
それを表現する練習を繰り返す、そうするうちに
自分は本物に近づいていきます。

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