淡彩日記

弘仁寺は水と炎のお寺です。
水と炎はどちらも強いものですが、2つ並ぶと優しげな「淡」という字を作ります。
お寺に起こるあれこれや、日々の「淡い彩」をお届けします。

弘仁寺納骨堂「やすらぎ地蔵堂」新規申し込み受付中

2019年07月23日 / 納骨堂
納骨堂全景
四国八十八ヶ所石仏に見守られて建つ納骨堂

令和元年7月、長崎を見晴らす丘の上に、弘仁寺納骨堂「やすらぎ地蔵堂」が完成いたししました。現在、先着順申込み受付中です。随時ご相談を受け付けていますので、弘仁寺までお電話(095-823-7759)下さい。

今回、新規に納骨壇(A~D型)を申し込みいただきました方には、納骨檀のお仏具一式をご用意させて頂きます。

納骨壇は申し込み先着順となりますので、納骨壇をお考えの方は下記の資料をご覧いただき、(画像をクリックするとPDFのチラシが開きます)お早めにお問い合わせ下さい。

餅つき大会のおしらせ

2023年12月14日 / Uncategorized

弘仁寺での餅つき大会は今年で4回目になります。どなたでも飛び入り参加歓迎ですのでどうぞお越しください。もちは3回つきます。当日初めて来られる方も大歓迎です。

日時 2023年12月30日 11時より12時半まで

場所 弘仁寺 境内 

参加費 無料です

仏教お話会「心の中に辞書がある!?」のご案内

2023年06月13日 / 行事案内, 読める法話

令和5年7月16日(日)13時より弘仁寺で「仏教お話会」を開催しますのでご案内します。

心は言葉でできています。私たちの心の中には、真っ白なノートがあって、そこに誰かから聞いた言葉とその意味をどんどん書き留めているのです。赤ん坊の頃から、私たちは言葉の見た目(視覚)、音のトーン(聴覚)、匂い(嗅覚)、味(味覚)、肌触り(触覚)など、五感で言葉とその意味を感じ取り、メモを取り続けてきました。

大人になると語彙が増え、心の中には個々に異なるオリジナルな辞書ができます。ある人の辞書には五感を刺激するメモやイラストがたくさん書かれており、まるでカラフルでワクワクする百科事典のようです。また、別の人の辞書は、言葉とその意味が一つだけ書かれた英単語帳のような形をしているかもしれません。

そして、この辞書こそが、心に楽しみや苦しみを感じさせるのです。私たちの幸せや不幸の感覚は、この辞書の中身がどうなっているかによって大きく変わります。いうならば心の中の辞書こそが心の本体ということもできます。ですので、今回のお話会では、心の中の辞書に焦点を当て、注目していきます。

心の中の辞書は本来、常に改訂できるノートの集まりです。しかし、分厚い本や辞書、学校、親や友達、テレビ、映画、小説、論文、マンガ、アニメでおぼえた言葉の意味は、最初から固定されているように感じられるかもしれません。言葉の意味が心の中で変えていけるなんて、最初はなかなか信じられないでしょう。

他人から「正しい」と教えられた言葉の意味を心の中で変えていくのは、初めはためらわれるかもしれません。誰かから「この言葉は書き換えてはいけない」と言われたと感じる人は、心の中のノートに書いた言葉を修正するのに勇気が必要になるでしょう。

しかし、自分の心の中の辞書を書き換えること(改訂すること)は自分にしかできません。五感を使って再び体験し、心の中のノートを書き換え、心の中の辞書を改訂する勇気を持ちましょう。そうしたら、「ある言葉を聞いたら急に怒りが爆発する」といったことが無くなるはずです。

子供の頃から五感を通じて言葉を学ぶと、心の中の辞書が個々に異なるものだと信じられるようになります。その結果、相手の言っていることの意味が分からないときには、相手の心の中の辞書を読み解こうと思えるようになるでしょう。人を思いやるというのは、人の心の中の辞書を読むことなのかもしれません。そうなりますと、最初は意見が合わなくても、即座に相手が悪い人だと決めつけなくなるでしょう。相手の心の中の辞書を研究し、読み解いているうちに、相手と分かり合えるようになる可能性は残されています。

仏教では心の中のノートにどのように言葉をメモするか、そして出来上がった辞書をどう書き換えていくのかについて、何千年もの間、観察し、研究してきました。心の中の辞書の書き換え方を学ぶことは、心の中を明るく豊かにしていくためにとても良い学びとなるはずです。

ご興味のある方は、どうぞお気軽にお越し下さい。

「仏教お話会」

日時 7月16日(日)13時から16時

場所 弘仁寺 長崎市出雲1丁目17-23

参加費 3000円

嫉妬と随喜(ずいき)その1

2023年05月31日 / 読める法話

私たちはやっぱり、自分が可愛いものです。誰にでも大なり小なりそういうところがあります。そして、そのこと自体が絶対にいけないというわけではありません。嫉妬自体は、心の自然な働きの一つだからです。

人間ですから、人生のある時期、自分のことにしか興味がもてず「人が善いことをするのを喜べなかったり、人の幸せを喜べない気持ち」つまり「嫉妬」の気持ちに振り回されてどうしようもなく、そんな自分が嫌になることがあるかもしれません。

ですが、私たちは、嫉妬心が自然にあると同時に「人の善い行いを喜ぶ気持ち、幸せを喜ぶ気持ち」を育てることができます。江戸時代まではそれを「随喜(ずいき)」の気持ちと呼んで大切にしていました。弘法大師は『十住心論』巻第九にて、「喜とは随喜(他者の善行を喜ぶこと)です。他者の善をみて自分のことのように喜ぶことをいいます。あらゆる人を平等に見て、嫉妬の心を離れるからです」とおっしゃっています。

善行とは、苦しみを減らしていく行いです。苦しみが少なくなり気にならなくなった状態を楽といいます。

あなたがもし、どうしようもないほど嫉妬に振り回されていると感じるとしたら、それは心の全体像を学ぶ時期がきているのかもしれません。倶舎論という仏教の基礎学では心の中に20種類以上の苦しみを増やす心(煩悩)があると説きます。それは誰にでも自然にあるのです。最初から煩悩が全然無い人はいないのです。そして20数種の煩悩の一つでも対処されないまま放置されていると、苦しみが減らずに心の中がいつもどんよりと濁ったようになり、いつまでも清々しくなりません。本来、仏教の教えは、そうした心の苦しみ(にごり)を減らし、心を清々しく明るくするために説かれています。

そのゴール地点が般若心経の教え、般若波羅蜜多です。ですが、いきなりゴールに行くのは大変ですよね。究極的には一切がみな空(くう)だとしても、いきなり空を体得するのは簡単ではありません。「嫉妬がやめられない」等、今の悩みに切実さと実体感がある間は、それを軽くする教えを学ぶところから始めてみましょう。弘仁寺での勉強会では、心を軽くする仏教の教えを初歩的なところから一つ一つ学んでいきます。

少しずつ心のねじ曲がりを正直に(まっすぐに)していき、心の中に隠していた思いを打ち開けていくにつれて、だんだんと人の善行を喜べない気持ちは治まり、人の善行を喜べるようになっていきます。

正直なところを打ち開ければ、私たちはみんな自分勝手な生き物なのかもしれません。人生を振り返ると、苦の減らし方なんて誰も教えてくれなかったような気がしてきますし、自然と苦を育てることばかりしていたような気がします。ですが、嫉妬するのにも、いつかは疲れますし、人の幸せを喜ばないのにもエネルギーがいるので、だんだん嫉妬するのにも飽きる日が来るでしょう。そうしているうちに、(人の幸せを喜ぶ)随喜の気持ちを育ててみようか、という気分になるかもしれません。随喜の種は私たちの心の中に確かにあります。随喜の種から芽が出て茎が伸び、いつか花を咲かせ、実をつける時がくるのを楽しみに待っています。今日もお読みいただきありがとうございました。

如意宝珠に願うもの

2023年05月30日 / 読める法話

想像してみてください。この世のどこかに確かにある、あらゆる願いを叶える大きな大きな如意宝珠に私たちは何を願うのかを。自分の幸せ?それとも、家族の幸せ?はたまた、愛する人の幸せでしょうか?

 この世に確かに実在する、如意宝珠よ、宝の珠よ。願わくは、過去、現在、未来、あらゆる場所のあらゆる時間に生きる、生きとし生けるもの全てに行き渡る功徳を雨のように平等に降らせてください。そしてその功徳によって生きとし生けるもの全てが、その在り方にあった智慧(変化を受け入れる穏やかさ)と慈悲(相手の苦しみを取って楽を与えたいという慈愛の思い)を得られますように。生きとし生けるものが皆、そして、あらゆる存在が皆、今日一日、誰からも声をかけられずとも、今日一日、誰からも褒められなくとも、今日一日、ただそこにいれたことは、それは幸せだと、感じられますように。 明日もまた、いろいろあっても幸せな一日になると信じて、穏やかなひと時をすごせますように。 今日もありがとうございました。

仏教のお話会のご案内:知らなかった煩悩の中身の話→6月10日13時から16時まで。会場→諫早市のカフェdacha68さん

2023年05月30日 / Uncategorized


「煩悩は勝手に自分でも気づかずに出てしまうもの」ということで、煩悩に気づいて、煩悩を治めていくお話をいたします。とても大事な話になるので、お時間ある方は諫早のdacha68さんに6月10日13時にお越しください。会費は3000円です。参加ご希望の方はdacha(ダーチャ)さんにお問い合わせいただくか弘仁寺にご連絡ください。

以下はdachaさんに作っていただいた今回の案内を転載します。

以下転載です。


住職との打ち合わせで、資料を拝見させていただきましたが、アニメ 鬼滅の刃でもよく使われているような言葉がここにあったりして、非常に興味深かったです。仏教用語で、捉え方が難しく感じる表現を住職があえて現代風に表現し直した言葉で、ゆっくり伝えてくださいますので、生きづらさや、生きにくさを感じる現代社会ですが、心の本質のお勉強として、ぜひ触れていただけたらと思います。

締め切りは当日の午前中まで可能です♪

【煩悩と向き合うコツとヒント】
〜煩悩は消すのではなく、向き合う〜
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6月10(土) 13時〜16時
参加費/3,000円〈資料付き〉
定員15名さま

会場

Dacha68(ダーチャ)
〒854-0006 長崎県諫早市天満町10−6

インスタグラム

https://instagram.com/dacha068?igshid=MzRlODBiNWFlZA==

お問い合わせLINE

https://line.me/R/ti/p/@009vhdas#~
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煩悩は消すのではなく、向き合うとしたら???

どんな風に、どうやって向き合うの?
という素朴な疑問が湧きますが、
住職にお尋ねしたところ

「煩悩はステレオの音量調整と一緒で、ボリューム調整なんですよ」と。


は、は〜ん なるほど!
ボリュームか〜! と、
一見わったようで、
わからないようで笑笑


そこで住職に、
「そもそも煩悩ってなんですか?」と、お尋ねしたいぐらい、

言葉では知ってるつもりだけど、人に説明できるかと言われたら、説明できない方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

  
・煩悩ってなあに?
・煩悩の種類

など、
仏教ではどう言い表わしてあるのかなど、煩悩の本質を教えていただきます。

仏教はあらゆる人のために

2023年05月11日 / 行事案内, 読める法話

5月14日13時から、弘仁寺で「仏教勉強会:心を安定させ、前向きに生きるための仏の教え」という勉強会が開催されます。受講料は3000円(資料代込み)で、どなたでも参加できます。

今回は、勉強会で使用される「阿毘達磨倶舎論図記」という図表を紹介します。この図表は、大正時代に篤学の士である大塩毒山氏が製作したもので、仏教の基礎学30巻である「倶舎論」を一つの表にまとめたものです。大塩氏は難聴のために苦労しましたが、仏教を大学で勉強し、同じ難聴の方々が仏教の教えを理解しやすくなるようにと願い、この図表を作り上げました。この図表は、仏教の宇宙観、人生観、主要教理などを一目瞭然に示すもので、全長は2メートルにも及びます。寺の住職ではなく、一般の方がこの図表を作り上げたことは、仏教が決して僧侶だけのものではなく、あらゆる人のためのものであることを証明しています。

最近は、物事を簡単かつわかりやすく伝えることが流行していますが、流行を追っている間に時間だけが過ぎ去り、基礎からじっくりと学ぶ時間がなくなってしまうことがあります。仏教の基礎学は用語が多く、慣れるまで時間がかかるかもしれませんが、たとえ10年かかっても学ぶ価値があるものです。

人生は確かに短く、そして先人の伝える教えは膨大です。私たちは焦って結果を出そうとして、応用編や実践編にばかり気を取られがちになります。それでも、「基礎ができれば完成できる」という希望を抱き、一緒に基礎からコツコツと仏教を学びませんか?

もし興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、お気軽にお問い合わせください。

『マイ遍路』はおすすめの本です。元気がいただけます。

2023年04月29日 / 日々のできごと

白川密成師が書かれた『マイ遍路』を長崎市のメトロ書店さんで購入し、読み始めました。
読み始めた途端に、無性に四国を歩きたい気持ちになります。
白川さんのように、礼拝行をしながら、修法をしながら、ゆっくりと四国八十八ヶ所を歩く時間を持てますようにと願っています。
(礼拝行だけでもまずは、できるところからやろうとご本尊様の前で礼拝を50回だけいたしました。)

境内整備、令和5年①

おかげさまで今年で本堂が建って120年が経過しました。そうなりますと、毎年どこかを修理したり、塗り替えたり、取り替えたりしています。今年は、屋根の一部、錆びて穴が開きそうなところだけ、塗り替えてもらいました。また、先日トイレが壊れて水が止まらなくなったので、原因を調べると、水道の給水管が錆びて詰まって水がほとんど出なくなっていました。簡単な修理では問題が繰り返すので、今回思い切ってトイレと給水管を取り替えてもらうことになりました。大工さん、塗装屋さんにいつも助けていただきながら、お寺の維持管理をさせてもらっています。

何時間かで終わるような作業はDIYで頑張ります。今日は天気がよくなって、気温もだいぶ作業しやすくなってきたので境内の街灯の支柱を塗り替えています。今日は下地だけ塗って、明日、仕上げます。

4年ぶりの長崎へんろ

長崎四国八十八ヶ所霊場、四日間の春の大巡拝が今日(4月3日)から始まりました。

(写真は今日の弘仁寺のお巡りの様子です)

毎朝8時から寺町の延命寺を出発して、夕方4時過ぎまで長崎市内各所の霊場巡拝をいたします。

四年ぶりのお巡りで、先達をさせていただくのも久しぶりです。どうなることかと緊張しておりましたが、実際に始まってみると、35人くらいで黙々と一列に歩き、1ヶ所ずつ札打ちを続けているうちに、普段の散歩や運動で歩く時とは違う、不思議に高揚した感覚になります。

お遍路さんの一人として、一心不乱に脇目も振らず、ただ何も考えず、歩くことだけに没頭する時間は、この何年もありませんでした。

そして、今日のお巡りが佳境に入り、夕方になったころ、疲れ切っているはずの足が不思議と軽くなり、ふとした時に巡拝するお遍路さんの列の中に、お大師さんの気配を感じる瞬間が訪れました。

お遍路さんとして大勢の修行者の列に混じって歩いている時に、同行二人(どうぎょうににん→お大師さまと二人連れでの修行の時間がなんとうれしいことだろうか)という言葉が、「あぁ、その通りだなぁ」としみじみと感じられるのです。

(あぁ、そうだった、私が仏道に進むか決めようと思って初めて長崎遍路に参加した時に感じた、何かから背中を押されるような、言葉にできない、ありがたい不思議な感覚はこれだったなぁと、思い出していました。)

お巡りが始まる前は、相当疲れるだろうと覚悟しておりましたが、たくさんのお遍路さん方の元気なお姿に背中を押してもらって、明日も朝からお遍路さんのお手伝いを頑張れそうです。

4月6日まで、長崎市内でお遍路さんの姿を見かけた時には、70年続く長崎遍路、長崎のお遍路さんたちの歴史が今も続いておりますことに思いを馳せていただけましたら幸いです。

【4月19日19時】辻幹雄11弦ギターコンサートのご案内

2023年03月30日 / 行事案内

昨年11月に弘仁寺で開催され、好評いただいた辻幹雄さんの11弦ギターコンサートが、来る4月19日19時より弘仁寺にて開催されます。

静かなお堂の中に、11弦ギターのやわらかなしらべが広がります。耳を傾けていると、子どもの頃の思い出が蘇り、心の中が少しずつ和らいでいくことでしょう。穏やかな雰囲気の中ら暖かい音色に身を委ねる時間をお楽しみください。

お問合せは弘仁寺まで電話095-823-7759又は、support@koninji.comまでメッセージをお願いします。当日申し込みも可能です。

日時 令和5年4月19日(水曜日)開場18時30分 開演19時

場所 弘仁寺

チケット 3000円(当日会場にてお支払い下さい)

お問合せ 弘仁寺095-823-7759

どうぞ、この機会にお気軽にお越しください。

出来る限りのことを尽くすと、清々しい心が帰ってくる

2023年03月28日 / 読める法話

先日、有る方のご法事に出仕し、お参りをさせていただきました。その日は施主様から心のこもった丁寧なおもてなしを頂き感謝しております。ご家族の皆様が、「このような法事の機会が持てて、故人も喜んでいることと思います」と悲しみの中にも晴れやかにお話して下さいました。ご葬儀の際の憔悴しきっておられたご家族の様子、ご家族の心の悲しみの深さを憶えていたので、それでも出来る限りを尽くしたご供養をなされるうちに、こんなにもご家族の表情が清々しいものになるのかと感じ入るものがありました。

私たちは、出来る限りのことをしようと心底思い、出来る限りのことを準備して、出来る限りのことを無事出来たと思える日が来たとしたならば幸いです。誰になんと言われようとも、出来て良かったと思えるし、心残りが無くなります。たとえ身体的な苦しみが残っていたとしても、心残りが無くなるだけで、生きることは相当楽になります。

逆に、出来る限りを尽くさず、出来る範囲で簡単に済ませようとするときほど、不思議なことに、何か心残りが生まれるようです。最初から出来る限りを目指さないことで、たしかに体力・精神力の負担や、時間の負担や経済的な負担は多少減るかもしれません。ですが、たとえそういった面で余裕を持ってできたとしても、いつまでも心残りに悩まされ、生きることが相当苦しくなります。

そういえば最近、「人に迷惑をかけたくない」という言葉がよく使われます。この言葉は、人に対して、身体的、精神的、経済的、時間的な負担をかけたくないという意味で使われているようです。ですが、人は全力を出し尽くせたと思えた時にこそ、心の爽やかさ(清浄さ)を感じることが出来る、不思議な生き物です。例えば、日本チームの優勝によって幕を閉じたWBC2023年大会でも、大谷選手を始めとした多くの代表選手の全力を尽くしたプレーを見ているうちに、私たちもいつの間にか心をつかまれ、心を動かされて大きな喜びを感じました。やはり、精神的な喜びと満足を得るには、出来る限りのことを尽くすことが欠かせません。ずっと何かを忖度(そんたく)し、出せる力を抑え手加減しているだけでは、生きていてよかったと、生きる意味を感じられるほどの十分な満足と喜びを得ることは決して出来ないのではないでしょうか。

人に迷惑をかけないという言葉が意味するのは、人に心残りを残させないということのはずです。そうであるならば、出来る限り精一杯のことをしようと心から思い、それを人に話して、実際に少しずつでも準備をしておくことが大切です。それこそが、人に迷惑をかけないことになるのかもしれません。

仏教の教えは精密な構造を持っていて、時間をかけて丹念に学べば、心の苦しみがだんだんと軽くなるようになっています。どうか皆様の心の苦しみが軽くなりますように、皆様の心残りがなくなりますようにと願っています。そのための手がかりになる話を集めてお伝えできるよう、これからもこつこつと準備を重ねてまいります。本日もお読みいただきありがとうございました。

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