淡彩日記
淡々と、何も考えずに、ゆっくりと、今日もうちにいて、茶碗を洗う。
この世には、変化するもの(有為)と、変化するものの影響を受けないもの(無為)と、変化のプロセス、歴史を観察し保管するもの(識)の3つがあると考えてみましょう。
変化するものは地水火風の四つの性質です。
とても安定していて、堅固な地の性質が、湿潤で柔らかくする水の性質を受けとって、火の性質によって温められて行くうちに、風の性質のようにどんどん動き、軽やかになっていく性質を持っていく、というように変化が続いていきます。
一方で、変化するものの影響を受けないのが無為(むい)です。変化の影響を受けないものがあるのだ、という話を今は、そういうこともあるのか、位に思っていただいて読み進めて下さい。
例えば、全ての有為の変化を受け入れる居場所となる虚空(こくう)が無為の一つです。
四苦八苦の影響を受けない涅槃も、無為の一つです。
そして、ここからが不思議な所なのですが、普通は相互に影響を及ぼしあうことのないはずの、有為と無為の間に関係性を持たせる何かがどうもあるらしいのです。それを菩提心と呼ぶことにします。混じり合うはずのない有為と無為の両者が混じり合い、溶け合い、相互に働き合うことは、菩提心の中で起こります。
ですが、両者の融合に何らかの善悪の結果を求めると何かの業が生まれてしまいます。そこが繊細なところです。
通常反応しないはずのもの同士が、混ざり合わないはずのものが、相互にコミュニケーションをはじめるとき、何かが起こり、あっという間に、気がつかない内に、神話が再び生まれます。刹那の間に世界は書き換えられ、そしてまるで何事もなかったかのように世の中は再び動き始めます。
何もせず、何も思わず、何事もなく、ただ息を吐いて吸っての繰り返しのように、家事や仕事を淡々と回していく。そうすると、思わぬ縁が動き出し、不思議とそうなるようになっていきます。
家の事(であろうと何であろうと)は、何も善悪を意図せずに無心に進めていくと、無為への修行と重なっていくようです。
たんたんと、淡々と。